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2011年7月

2011年7月28日 (木)

緑濃い鎌倉の夏と、昼頃の八幡宮の蓮の花

絵を描く仲間達と緑濃い鎌倉を訪ねてみました。

まずは北鎌倉の浄智寺。鎌倉五山のひとつながら、関東大震災で大きな被害を受けて、建長寺や円覚寺のような立派な伽藍はなく、ちょっとわびしい感じがありますが、その分静かで落ち着きます。庫裡にかやぶきの屋根が残り、そのガラス障子の板ガラスが波打って歪んでいるのも興味を引きます。

庭も手入れの良い方ではありませんが、それゆえに夏草茂るの趣がありました。

絵を描く仲間達はその後明月院へ回りましたが、私は先日早朝に見た八幡宮源平池の蓮の花の昼頃の様子に興味があって、そちらの方へ回りました。

蓮の花は蕾から開いた日は午前9時頃に閉じ、二日目は朝再度開いて昼頃に閉じて、三日目は同様にして夕方に閉じ、四日目に散るといわれています。

そんな目で見ていると、確かに早朝見たときと比べて、昼頃に開いている花の花弁にシャキッとした張りがなく、外側の花弁の垂れているものの多いことに気が付きます。多分開いているものが三日目の花ばかりのせいかなと一人合点です。

その後海蔵寺、光則寺に花を求めてみましたが、さすがにこの暑い時期は花の種類が少なく、ノウゼンカヅラばかりが目立ちました。

デジブックを二本立てにしてみました。

ひとつは「緑濃い鎌倉の夏」と題して、浄智寺、海蔵寺と光則寺でのアルバム、

http://www.digibook.net/d/1815a17f909c868d7d6c73b3a3de469f/?viewerMode=fullWindow

二本目は「昼頃の蓮の花」と題して、鎌倉八幡宮の蓮の花のアルバムです。

http://www.digibook.net/d/db54a9f3a19e8ec8e988f927b7c787db/?viewerMode=fullWindow

時間のある折に、先にお届けした「蓮の花、朝日を浴びて」と比較してご覧頂くと、上記がご理解願えるかと思います。

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浄智寺の三門への参道

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かやぶきの庫裡

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夏草の中のオニユリ

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オニユリ

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八幡宮の白い蓮の花

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赤と白と、咲いた後明日に備えて閉じています。

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海蔵寺の桔梗

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ノウゼンカヅラ、華蔵寺にて

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ミソハギ、光則寺にて

2011年7月18日 (月)

蓮の花、朝日を浴びて

例年、海の日の休日を含む3連休の頃、鎌倉八幡宮の源平池では蓮の花が見頃を迎えます。

今年は如何と、朝犬の散歩を済ませて直ぐにミニバイクを走らせてみました。

7時前に源平池に着いてみるともう先客が一杯、それぞれ思い思いのカメラを構えています。

鳥居を潜って太鼓橋の両側に源平池が広がります。拝殿に向かって左に池は大きさは右に比べると小さめですが、源氏の氏神様らしく白い蓮の花で埋め尽くされています。

右の旗上弁才天がある池では、赤も混ざって色彩豊かに見ることができ、この時間は花びらを透かす光がきれいです。

いつもの如くデジブックに仕上げております。大きく豪華な蓮の花をお楽しみください。

http://www.digibook.net/d/77c4e59380dba6c86446e9a711c74689/?viewerMode=fullWindow

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白一色の左の池

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右の池には赤が混ざります

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2011年7月14日 (木)

横浜の街角で

幕末に開港された横浜には、その後の発展と歴史を偲ぶ建物がいくつも残っています。
ある撮影会で、横浜市が発行する「中区の歴史を碑もとく絵地図」を片手に、関内駅から馬車道を通り、本町通へ出て、さらに日本大通から大桟橋に至るまで、あちこちの興味ある建物などをカメラに収めてみました。

まだ梅雨が明け切らぬ空の下でしたが、いかめしくも立派で、今も現役の建物をご覧下さい。

いつもの如くデジブックにも仕上げております。ちょっと写真が多めです、暇な折にご覧下さい。
http://www.digibook.net/d/30d4cfff9158acc078e2692589dc46dd/?viewerMode=fullWindow

11/7/7

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横浜指路教会、関東大震災後の姿です。

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県立歴史博物館
もとは明治37年に建造された旧横浜正金銀行です

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横浜市開港記念会館
横浜開港50周年を記念して建設された、大正6年の竣工の記念建造物
塔は横浜三塔のうちジャックと呼ばれます

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神奈川県庁
関東大震災後に建築され、庁舎としては3代目
横浜3塔のキングといわれます

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横浜税関
建物は昭和9年の建設で、この塔は、横浜3塔のクイーンと呼ばれます

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いかめしい横浜地方裁判所
昭和4年の建築で、神奈川県庁をモデルにしたといわれています

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県庁の屋上から大桟橋と象の鼻突堤
象の鼻突堤は幕末慶応年間に建設された、横浜開港の象徴です

2011年7月12日 (火)

かむさぶる石上神社

京都北山のかやぶきの里、常照皇寺などを訪ねた日の前日(11/7/2)、奈良県桜井市開かれる同窓会の開始時間にはまだ間があったので、道すがら久しぶりに天理市の石上(いそのかみ)神社を訪れてみました。
石上神社は伊勢神宮とともに、わが国で最も古い社とも言われ、大和王朝で物部氏の力が盛んであった頃の本拠地でもあり、それゆえ武器庫があったとも言われています。

面白いのは、その南にある大和(みわ)大社ともども、拝殿はあるものの本来の本殿がないことです。

大和大社はその後方にそびえる三輪山が神体となっているのに対して、石上神社は拝殿の後方に神域があってそこに神が宿るとされてきました。

明治の頃その神域の発掘が行われ、剣その他の発掘物が出てきたので、その収蔵のため建築が行われ、本殿としたとされています。

天理教の本部のある天理市の南東の郊外に位置し、山之辺の道の起点でもあります。

いつもの如くデジブックに仕上げてみました。由緒ある石上神社の境内をご覧下さい。http://www.digibook.net/d/3544c533a11c8ccce0036107f3c7868d/?viewerMode=fullWindow

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石上神社入り口

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この辺りの古い地名から布留社とも呼ばれます。

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神鶏があちこちでのさばっています。

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楼門から拝殿を望みます

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軒下の灯篭が立派です

2011年7月10日 (日)

京都北山から近江八幡へ

11/7/3、京都の北、美山と常照皇寺を訪ねたあと、国道477を走って花背を通り百々井峠を越えて、琵琶湖大橋に向かいました。

百々井峠付近は国道とはいえ、1車線がやっとの細い道で、両側の杉の木から落ちた枯れ葉が折敷いて滑りやすく、待避所もほとんどなくて行き交うことはきわめて困難です。幸い峠を降りた後に対向車にであっただけで事なきを得ました。国道というより「酷道」といったほうがいいかもしれません。

峠を折りきった後は道幅も広がって、京都と小浜を結ぶ鯖街道、国道367と合流し、途中越えから右折して琵琶湖大橋のある堅田に向かいます。

琵琶湖大橋を渡った後、守山に出て琵琶湖の湖岸道路を通り、近江商人の町、近江八幡に寄りました。古い町並みが残り、悲劇の人豊臣秀次の城跡とお堀が水を湛える静かな町です。安土城の遺構を移したというお城は今はありません。

その後彦根にも立ち寄りましたが、午後5時を過ぎてお城は既に閉門され、中に入ることはできませんでした。

彦根から国道8号線で石田光成の居城のあった佐和山をトンネルで潜り、国道21号で関が原を通って徳川家康が陣を据えた桃配山を右手に眺めた後、大垣から名神高速に乗って帰宅しました。都合奈良の実家を出てから走行680Kmぐらいになっていたでしょうか。

そんな琵琶湖や近江八幡、彦根城などの光景をデジブックにまとめました。時間のある折にご覧下さい。

http://www.digibook.net/d/718487bf901fac816c406b8103d6c6cd/?viewerMode=fullWindow

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常照皇寺を後にすると雨が降り出しました。

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百々井峠付近の杉林、きれいに下枝が払われています。

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守山付近の琵琶湖、向こうに比良山が見えます。

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近江八幡のきれいな甍、白雲館の尖塔が覗いています。

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近江商人が軒を並べた町並み

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蔵のある家

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お堀を行く観光船

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彦根城大手門

2011年7月 6日 (水)

静かに訪う常照皇寺

11/7/3、南丹市の美山かやぶきの里を訪れた後、R162を引き返し京北で府道61へ左折して、井戸峠からくねくね道を下ると、常照皇寺の門前に飛び出します。

所要30~40分ぐらいだったでしょうか。

常照皇寺は、南北朝時代の北朝を開いた光厳(こうごん)上皇が開祖の、臨済宗天竜寺派の古刹です。

以前大学の先輩に案内されて訪れたことがありますが、山の中の静かなお寺ながら何か崇高な感じが印象的だったことを思い出します。
当日は日曜日ながら、山間のしかも梅雨時期であるためか訪れる人もなく、独り占めの常照皇寺を楽しむことができました。

デジブックはこちらから、

http://www.digibook.net/d/ded4cfdba09fa6cde4e179a34fce47df/?viewerMode=fullWindow

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勅額門の先の池のある庭

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方丈の一角

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方丈から奥庭と開山堂(怡雲庵(いうんあん)

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開山堂側からの奥庭

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方丈と前庭、右の木は御車返し桜と呼ばれ、一重と八重の花が一枝に咲くそうです

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方丈と開山堂、右の木は国の天然記念物に指定されている九重桜

2011年7月 5日 (火)

美山かやぶきの里

先日、子供の頃を過ごした奈良の桜井市で、中学時代の「恩師を囲む会」に出席して、懐旧を楽しみ久しぶりに騒いだ翌日、車で帰省したことを機会に、京都の山深い北山のあちこちを探訪することにしました。

橿原市から京都に向かうR24は昔奈良の市中を通過したのですが、今はバイパスができて街の西側を、左に平常宮趾の中にそびえる真新しい大極殿を眺めながら進みます。

京都からはR162をひたすら走って、南丹市の美山北を目指します。

途中、神護寺への入り口梅が畑を通過すれば、左右にきれいな杉の林が目立ち始めます。北山杉です。

鮎釣りのためか結構交通量が多く、なかなか停車しにくいのですが、ちょっと脇の広いところを見つけて停車し、写真を撮っていたら、後続の車に顰蹙をかいました。

美山町安掛でR162を離れ右折して、県道38を暫く走ると目指す南丹市美山北です。

ここは「かやぶきの里」として、江戸時代からの茅葺の屋根を持つ民家が大事に保存されていて、有名な白川郷などと共に、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されています。

梅雨空の下のすっきりしない空模様でしたが、かやぶきの里の様子をご覧下さい。

いつもの如くデジブックに仕上げております。以下からお入りください。

http://www.digibook.net/d/f014e55f81d88ec4e466f137ffd406dd/?viewerMode=fullWindow

美山かやぶきの里をあとに、常照皇寺を訪ねた後、R477を走って琵琶湖大橋を渡り、近江八幡なども訪ねましたが、また別の記事と致します。

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途中で見た北山杉

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美山「かやぶきの里」

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昔ながらの丸いポストが目立ちます。

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民俗資料館と古びた民具

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タチアオイの向こうの茅葺

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かやぶきの後にも直ぐの美林が見えます。

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キンシバイの向こうに

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